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平戸を南下すると紐差しのきれいな海です。

このきれいな海に魅了されて移住し塩を製造している若いご夫婦が住んで居られる場所です。
綺麗な海の他に紐差しはパイプオルガンで有名な教会があります。
派手なステンドグラスではありませんが落ち着いた雰囲気でした。



初めての中学校の同窓会に参加し、歳を重ねても当時と雰囲気が変わらない方々と懐かしく歓談でき二次会、三次会と遊びました。
お酒が頂けない私がこんなに遊ぶのは珍しいことなんですが、中には幼稚園からの幼馴染の方もいて、良くケンカしながら遊んだことやら懐かしさいっぱいでした。
次回は五年後とのことですから元気でまたお会いしましょうと約束してお別れしました。
平戸プチ旅行も最後といたしますが、これからは長崎の話題をお届けしたいと考えています。
遊んで下さり有難うございました!!!
今日も遊びに来て下さりありがとうございました!

かつては平戸城と城下町を結ぶ橋
この辺りが埋め立てられるまではお城と城下町は船で往来していたそうです
1669年29代松浦藩主が木橋を架け幸橋と呼ばれたそうです。その後1702年30代藩主が石橋に改架したそうです。

鏡川の河口でこの辺りは海水が混じり合い石垣には小さい牡蠣が付いていました。
4,50年前は秋風に乗ってくる飛び魚を捕まえることができました。
飛び魚は別名アゴと呼びます。焼きアゴは平戸ではお正月のお雑煮のおだしに使われます。おだしは淡白で品のいいお味です。
平戸土産のアゴだしラーメンは美味しいですよ〜〜〜

幸い橋 別名オランダ橋
オランダ商館の石造り建築に携わった石工によってオランダの技術を導入し作られたことからオランダ橋と別名がついたそうです。
半月の形が美しい幸橋は私が小学校の頃は校歌に歌われていました。
ところでこの橋の石の数は何個だと思いますか?
干潮の時に数えた方があるそうで823個だそうです。
今日も遊びに来て下さりありがとうございました!

階段を上ると松浦資料博物館です。
明治26年、松浦氏の邸宅として建てられたもので、平戸藩松浦家の鎌倉時代からの歴史を語る博物館だそうです。
石垣の上に立つ外観や茅葺の茶室も一見の価値があると思います。
平戸では2月頃、城下雛祭りが開催されます。
一度ご覧にらりませんか。松浦資料博物館のお雛様は歴史と風格があり格別だと思います。

六角井戸です。
中国人が住んでいたそうで中国人によって造られた井戸だそうです。
生活用水に多くの人々が使用していたそうです。
今は使用されていないようですが大事に保存されていました。

大蘇鉄の幹です。
でっかい幹に驚きますね!

江戸時代初期の平戸にはオランダ、イギリスの東インド会社による貿易の窓口が置かれていたそうです。
当時の貿易商、河崎屋の庭に植えられたものであると言われ樹齢400年と思われると記述されていました。
開発が進む中、埼方公園からこの辺りは私の子供のころと変わりありません。人通りも少なく落ち着きがあり私の大好きな場所です。平戸に行くと必ずこの通りを歩きます。
今日も遊びに来て下さりありがとうございました!

三浦按針(ウイリアム・アダムス)は初めて日本にきたイギリス人です。
1600年オランダ船の航海長として大分に漂着したそうです。外交顧問として神奈川県三浦市に住まわせ250石を与え召抱えっられたそうです。
慶長年間、オランダ、イギリスの通商を許され平戸商館を設置するようになったのは按針の力によるところが大きかったそうです。
その後、平戸でイギリス商館長と供に活躍し1620年平戸で病死。
お墓は定かではないのですが1954年お墓を建立し、イギリスの妻の墓地から小石を取り寄せ、アダムスのお墓に合葬し夫婦塚としたそうです。
この場所は埼方公園の中でも最も高い場所に位置し対岸の亀岡城や平戸湾が見渡せとても静かな場所です。
今日も遊びに来て下さりありがとうございました!

奥の院でこの門が見たかったのです。
ところが愕然としました。
左右にこのコンクリートの門がありますが、40年前はこの様な姿ではありませんでした。
丸い形が見えます。これはかつて古銭がぎっしり埋めつくしてあった痕跡です。
社務所の職員さんにお尋ねしたところ、ご本人は20年くらい前からお勤めされたそうです。
その時には既にこのような姿だったとおしゃっていました。
神社、仏閣を荒らすとは悪戯にしても悪質ですよね!
どこかに名残がないか探しまたところ、2枚ほど残っていました。
写しにくい所だったので解りずらいですが、アップしました。
門に古銭がぎっしり張り付けてある様を想像していただけるでしょうか???

お解りずらいでしょうが写真左上に2枚の古銭が見えます。
もう一か所ですが、中央より左下に半分残っていました。
こんな姿を見たのは残念で、復元できるといいのになぁ〜と思ったり、随分昔、檀家の方々が寄進されたのでしょうから、今となっては復元は無理な話だろうと思ったりでした。
今日も遊びに来て下さりありがとうございました!

最教寺の参道です。1607年、第26代平戸藩主松浦鎮信公によって建立されました。
節分の行事で子泣き相撲は有名です。満1歳未満の赤ちゃんが土俵の東と西から登場し、赤ちゃんを向かい合わに座らせ、行司の仕切りで早く泣いた方が勝ちという愉快な相撲です。
この日ばかりは子供が泣いて喜ぶお母さんの姿が見られるそうです。
当日参加OK!参加費用は2000円だそうです。
泣く子は育つとゆうことわざで他県からの参加も多いと聞きました。

奥の院への参道です。
うそうとした木立の中、江戸時代に作られたお地蔵さんが左右に並び迎えてくれます。
観光に訪れる人は少ないようですが、静かで落ち着いた雰囲気がありました。
奥の院で見たい物がありましたが40数年ぶりに訪れた故郷です。
探すのに苦労しました。
今日も遊びに来て下さりありがとうございました!

やっと懐かしい故郷の海が見えました。
ところが、長崎から平戸までの所要時間の長い事!
のんびり不便を満喫してきますとか申していましたがとんでもない事でした。
バスは10時30分長崎発で、昼食を佐世保で摂り、平戸到着は14時03分でした。
しかし、この海が目に入ると毎度のことながら平戸に帰ったと実感します。
遠い遠い昔の話になりますが、私が故郷を出た時には連絡船で五色のテープで見送っていただきました。
子供の頃には浜の友人にアサリ貝の穴を教えてもらい良く掘りました。
バスは橋を渡り始めます。懐かしい中学校の同窓会で私は42年ぶりの再開です。
ワクワクしながらどんなお顔に会えるかなあ〜と期待しながら。。。。。
今日も遊びに来て下さりありがとうございました!
















